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ちゃな逐一読みやすいように更新するかも
【茶なログ】自己紹介
タイトルとペンネーム


「茶なログ」というブログタイトルは、ペンネームの「ちゃな」からきている。「茶でもしばきつつ見てってください。」というブログのキャッチフレーズが気に入っている。YouTubeショートのようにだらだら見れるそんなブログにしたい。
「ちゃな」というペンネームはもともと「ちな」というものだった。Twitter上で知り合った方から「ちゃなさん、ちゃなさん」と呼ばれるようになってから「ちゃな」となった。
では、「ちな」の由来は何なのかと問われそうではあるが、しょうもない下ネタの派生みたいな由来なので、ここでは控えたい。本当にしょうもないので。
ドメイン(amabeus.com)


当ブログはamabeus.comというドメインを使用している。
amabeusの由来は、自身のsteamアカウントのプロフィールアイコンに由来する。ブラウン管TVの中に閉じ込められた阿部寛のアイコンを使用していた自分は、アカウント登録当時に放送されていた STEINS;GATE 0 に出てくるスマホの中のAI『アマデウス(amadeus)紅莉栖』にちなんで、『アマデウス阿部寛』略称『amabeus』と呼んでいた。なんじゃそりゃ。


ドメインはこれまでに何度か取得したことがあった。
「ブログで生計立てて、自由な時間を得たいな~」と思いつつYouTubeをだらだら見る日々が続いた。YouTubeでは「YouTubeやブログで生計を立てて自由なライフスタイルを!」と謳う動画が散見される。私もそれに影響され何度もブログを立ち上げた人間である。Xserverで契約・解約・ドメイン取得を繰り返したのちが、今のブログである。
過去にいくつかドメインを取得したことがある。その中に5anyway.comという名前のドメインがあるのだが、直訳すると「とにかく5」というもの。まずはブログなどで5万円稼いでみよう!とネットで案内されていたためにつけた安直なドメイン名だ。
結局そのブログでは1~2記事くらい書いて終了。まったくPVを得られずブログを閉鎖という何ともだらしのない結果になってしまった。少量の駄文を書いてネット上に公開するためにサーバー代金1万円弱をどぶに捨てる経験をした。何回か経験した。
多分ブログで何を発信していくのかの目的が明確でなかったから起きてしまった問題だと思う。今回はそうならないように方針を決めて取り組みたい。
ブログの方針は「楽しさの共有」
最初、「ブログの方針は誰もが一歩踏み出すきっかけになる記事の提供」みたいなことを書いていたが、正直小恥ずかしくて変更した。「楽しさの共有」あたりがその一歩踏み出す的なニュアンスも拡大解釈できるかなと思ったので、それにした。
こんなコンテンツを扱う
工作、創作(イラスト・動画編集・フィギュア)、旅行、飯
ただの趣味でも才能があって金もらえるレベルじゃなきゃ始めちゃだめだと思って始めることができていない人がいる。Xとかインスタとか使っていると、イラストはいいねが万超えないといけないとか、動画は何万回再生されないといけないとか、人から認めてもらえるようなことしかしちゃいけないというような視点になりがちな気がする。自分と他人を比べて、自分は劣っているから何もしちゃいけないんだとか、自分には何もないんだとか、そういう思考に陥りがちな気がする。
だから、「こんなやつでも気軽に人生を楽しんでるんだから、私でも楽しもうと思えば何でも楽しめるじゃん。」そう思ってもらえるような記事をアップロードしていく。
じゃあこんなやつってどんなやつなんだという話。
ちゃな(筆者)の生い立ち
比較的楽しく過ごした小学生・中学生時代
小学生・中学生の時代は比較的楽しく過ごしていた。学力にあまり大きな差ができることもなく、小学校4~5年生までは勉強もでき、そこそこ楽しかった。学力に問題が出てきたのは小6からだろうか。算数の問題ができず少々苦しんだ。速さの計算がまるで分らなかった。中学生になっても、速さの計算を解くうえで「き(距離)・は(速さ)・じ(時間)」だとかこじつけの計算方法を適当に教わるだけで頭では理解していなかった。小学生後半になるにつれ私の要領の悪さが露呈してくる。客観的にそれに気づくのはずいぶん後になってからだが。
特に中学生の頃を思い出すと、提出物を期日までに余裕をもって用意するということができなかった。締め切り前日もしくは当日に死に物狂いでやっていた。徹夜をするのでもちろん自律神経は崩壊している。強いて言えば、一応それは自分のほめるべきポイントで、なんだかんだ提出までこぎつけるところはすごい。社会にしがみつこうと必死だった。
しかし、それは今思えば正直褒められたものではない。早めに「あー俺は早寝早起きもできないから遅刻するし、提出物もきちんと期日までに用意できないから点数も引かれるバカタレなんだー」と気づいて早めの挫折をしておくべきだった。プライドをずたずたにされておくべきだった。母が手厚く朝起こしてくれていたため、学校に遅れることはなかった。愛というか、手厚さは時に当人の成長の機会を奪うことになるのかな。支えてくれている事には、今でも感謝している。
見出しと打って変わって「本当に楽しかったのか?」と思われるような内容ばかり羅列してしまったが、楽しかったのは楽しかった。DSやWiiと歳をとれたのはマジでよかった。マックでDSなんて今の子たちは知らないだろう。ムシキングを遊ぶこともできたし、今は絶対に売ってないようなヘンテコゲーム機(ドラゴンボールのかめはめ波を放つゲーム)にも触れれたし、いい時代を過ごせたと思う。
ほかにも話したいことはたくさんあるが、いったんこの辺にしておく。
コンプレックスを拗らせまくった高校生・大学生時代 with コロナ
高校生・大学生時代は、コンプレックスにがんじがらめになっていた。目標はなく、ただ時間が過ぎていくだけだった。秀でた才能が目覚めるわけでもなく、ただただ自分と周りを比べては、自分がみじめに感じて、死ぬほうが楽なのじゃないかと高校生の頃は感じていた。
でも大学生の頃に希死念慮が減った。要因の一つに友人が自殺したからというものがあると思う。友人が死んでから、だいぶん引きずった。正直今でも思い出す。たまにお参りに行く程度には。
コンプレックスに話を戻す。
私は背が低い。165とか6とか。髪の毛はちりちりで救いようのない癖毛だ。バウンディみたいな可愛らしい癖毛じゃない。学力は劣り、要領も悪く、うまくいかなかったら愚痴をたれ、人や環境に流されやすく、努力なんて「ど」の字も知らない、濁点さえついていないかもしれない「と」の字さえ知ろうとしなかった。自分は劣った人間で、勝手に産み落とされただけの、低スペックで、生きる価値のない、う●こ製造機なのだと思っていたからだ。最近はうんこ製造させてもらっているだけましだとさえ思うが。
俺のう●こも血のにじむようないろんな人の努力の結晶なのだろうと感じる。いろんな食べ物を生産してくれる生産者、またそれを買って食べさせてくれた親に感謝を、また働いて稼いだ金で買い食いしてう●こする俺自身に賞賛を。う●こに血はにじんでないです。あっ、切れ痔です。
話がそれた。
一念発起して、滑り止めで入った大学から、第一志望だった大学へ試験を受けて編入してやろうと行動したが、何もわからず撃沈した。
試験も失敗して、何にもなくなった自分は、何かしてみたいと思い、創作をはじめ今も創作を続けている。
昔から、学校では絵とか工作とかで褒められていたほうだ。
サークル参加して同人誌を頒布したのも大学生の頃が始めてだ。今でもたまにサークル参加するけれど、あまり心からちゃんとした同人誌を作れたと思える記憶がない。なんか中途半端なものばかりだ。今回もそうなりそうだ。ほんまごめん。
そんなこんなで、『学校』というコミュニティに目を向けない生活をしていた自分は、大学生らしいことをしたかというと疑問が残る。何か大学生らしいことをしようかとも思ったが、コロナが流行りだして全部ダメになってしまった。いや、コロナという大義名分がダメにしてくれたと正直、心の底では喜んでいたかもしれない。
暗中模索な社会人1年目 大卒で入った会社を数か月で退職した。
新卒カードを切って、他県の会社へ就職する。
正直、自暴自棄になっていた。こんなやつを雇う会社なんて変だと思っていたから。どこでもいいやって感じで受けていた。とにかく、「週休二日制」と「不動産」「建築」「介護」「初心者でもできると謳うIT企業」とかその辺は避けて、有名な名前の企業だけ聞いて応募していた。(避けたとは書いたがどれも素晴らしい仕事だと思う。なくてはならない仕事だと思う。)
ヨ●バシカメラとかJ●NSとか、ビッ●カメラとかそんなのを受けた。ほかにはカメラのキ●ムラとかを受けた。ヨ●バシカメラは受かった。なんかブラックらしいけれど。それらを保留にし、上場している企業に応募した。そこで受かったのが、他県の上場企業だった。そこそこいい会社だったんだと思う。辞めちゃったけど。
なんで働くのかわからないとか言ってやめた。
同人誌で一発当てて稼いで生きていくとか言ってやめた。
辞めてから成人向け同人誌の一本もかけていないのが現状だが。いや、一本は描いた…悲惨な出来だったが。
コンプレックス継続
社会人になったが、がっつりコンプレックスは残っていた。某配信者の言葉がぐさりと刺さる。「身長170㎝以下は人権がない」とかいうやつだ。何か自分のことを肯定できる材料をこれまでの人生で得てきたわけでないので、自分で自分を認めてあげることができない。悲しいね。
「配られたカードで勝負するしかないのさ」っていう有名な言葉が、「お前はもう戦いから降りろ」って言われているようにしか聞こえなかった。人生を諦めろと言われているように聞こえてしまった。
他者の物差しで勝手にレッテルを張られて自分がみじめになっていく気持ちになっていた。いや、この表現は適切でないか、今だからこそそう思うだけで、その時は他人から見た自分の評価が自分の価値なんだと考えていたから。
自分のことは嫌いだと思っているし、他人のことは敵だと思っている。そんな人間が出来上がった。
大学時代のバイト先の知り合いに洗脳される
もし、この記事をその大学時代のバイト先の知り合いが読んでいたら「なんだとこの野郎」となるだろうけれど、自分はありのまま感じたことをブログに書きたいので、ご容赦願いたい。あと内容を詳しく書こうとしてもうまくまとめられる気がしないので、そんなことがあったんだくらいに流し読みしてくれればうれしい。
バイト先に、クリエイターな人がいた。その人主導ので同人サークルを作って儲けようという話にのせられ、その同人サークルの専属絵師みたいな感じで鍛えられる…みたいな時期があった。前の会社を辞める少し前くらいから、そんな感じで描いていた。
そこでは「些細な事でめちゃくちゃにしかられ、普段はめちゃくちゃ親しくされ」を繰り返されていた。きっかけのわからない怒りに翻弄されていた。ガスライティングという心理的虐待行為があると聞くが、まさにこれだったと感じる。
すると自分はその人にどうすれば怒られないのかばかり考えて動くようになった。
DVされてる人ってこんな感じなんじゃないかなと、客観的に考えられる今だからこそあの環境は異常だったと思う。
サークルのためにゲームのイラストを描いて…ドットを打って…アニメーションを作って…オーダー通りのイラストを描けるようにオーダーしたイラストを描けるようになる練習みたいなこともした。途中から描きたいわけでもないのに、「ほかのサークルのメンバーも頑張ってるよ?なのにお前はしないの?」的な感じで詰められ、仕方なく描いていた。描けば君のスキル上達につながるというような感じでそそのかされ描いていた。洗脳されていた。絵を描かなきゃお前には価値がないというような感じで、洗脳されていた。
失業手当が尽きる頃くらいまで、描いていた。
途中「同人誌はもういいや、アニメーターになりたい。」と言ってアニメーターになろうとした。「目的がぶれぶれでお前はクリエイターには向かない!お前なんて無理だ」とかなんとか言われたけれど、そもそも目的はその環境からなんとしても逃れて、かつ絵をかいてお金が稼げる環境に移動したいと思った。ただそれだけなんだよな。
クリエイターに向かないって言われたときは正直きつかった。自分自身のアイデンティティ、何かものを作るのが好きってのまで否定された感じがして、何も残らない感じがしたから。
でも今は、それも、その方の物差しで測った俺への評価でしかないと思える。
でも社会人としても、できた人間ではなかったから、その人が言うことの何割かは真っ当な、いや、普通に10割真っ当なことを言っているとは思うのだけれど、その時の俺には彼の言葉は響かなかった。ただ、矯正してくる怖い人みたいな印象だ。
その人との経験から学んだことは多いので学べたことには感謝している。自分とその人では住む世界が違ったのだ。
もしも今でも俺の事を友達だとか思って気にかけてくれているのなら、それは本当に申し訳ない。俺は元気にやっているよ。ありがとね。
最近【社会人3年目 2社目】自分を認めてあきらめたら、人生すこし楽しくなってきた。
ハローワークで新しい勤め先を見つけた。
家から徒歩数分の位置にある中小企業だ。
前の会社は家から1時間ほどかけて電車に揺られて行っていた。
通勤移動のストレスがまるでない。
正直、月収は前の会社のほうがもらっていた。
でも、移動時間が少ない今のほうが気分がましだ。
月収の差額で移動時間を短縮するサービスを買った。そんな感じだ。
月収の高さとかそんなものを考えることはあきらめた。
それについで、背の高さとか変えられない自分の見た目に関しても考えることを辞めた。
(たまにちょっぴりうらやましく思ってしまうことはあるけれど)
すると少しだけ、自分を許せるようになって。いろいろ挑戦できるようになってきた。
あんまし、上手くやることばかりを考えずに、やりたいことをするようにしようと思えるように、少しだけ考え方が変わった気がする。
最近何を始めたか、どこに行ったか。
適度な運動
2024年12月3日:筋トレを始めた。
2025年9月:だらだら筋トレとHIIT運動を2~3日おきに行っている。食事の制限はしていないので、まだまだ全然おなかの肉を掴める。
最近「がたいがいいですね」「スポーツ何かされてるんですか」と聞かれる。
イラスト制作
これに関しては、前から描いてはネットに上げてを繰り返していた。最近はあまり描く時間がない。
2025年9月:数か月前にFANBOXを開設したが、そっちにアップロードするものがなくて現状困っている。課金してくれているお得意様に申し訳なくなってきた。閉鎖しようかな。
成人向けイラストをちょくちょく描いていたけれど、最近は萌え萌えな絵が描きたい…そんな気分なのだ。
フィギュアづくり
2025年8月:フィギュアづくりを始めた。粘土こねこね楽しい。でかいオーブンも購入した。
同人誌・同人グッズ制作・DL同人等
2025年9月:アクリルキーホルダーを始めて作った。
旅行ログ
2025年9月:万博へ行った。
動画編集
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コスプレ・メイク
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語学
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